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思考過程をそのまま論述することの大切さ

懇親会があったので参加してきました。

1次会で抜けて、その後は、①以前「友人のスケジュール」の記事で書いた勉強仲間の友人(C)と②「あらためて」の記事記載のメッセージを送った再チャレンジ組の友人(Y)と歓談。

掃除した時に撮ったというCの勉強部屋の写メを見せてもらったのですが、まるで法律学者の晩年の書斎のように本棚に本がぎっしり・・・すごすぎてちょっとヒいたガーン
そんなCが論文で気をつけていたというポイントについて、非常に共感を覚えるとともに、自分も意識していたし、とても大切だと思うことがあったので書きたいと思います。

これは、ローでできるといわれている人(上位10人とかそのレベルの人)でも落ちてしまう人がいるのはなぜなんだろうという話の中で出てきたことです。①対試験という意味での問題演習量が足りなかった、②ナンバリング等、答案の形式面の追求が足りなかった、③本番のプレッシャーに弱かった、などが挙げられたものの、それよりも、④「できるだけ自分の思考過程をそのまま答案に表すようにすること」ができていなかったことが一番の原因ではないかという話になりました。私の「論文」という記事でいう「4 愚直に基本からの積み上げを示せ。「こうだからこう、こうだからこう・・」という流れ。」という部分はまさにこのことを言っています。

A→B→C→D という例で説明します。

たとえば、ある論文問題の隠れた問題意識(ほとんどの受験生が知らない論点)が「D」のところにあるとして、ABCは極めて基本的な、「前提事実整理」、「条文の単純適用による法律関係整理」等の記述だと考えてください。このときに、できる人の中には、『ABCなんてあたりまえ。書いてもしょうがない。ちょっとだけ触れて本件ではDが問題となるからそこを書こう。』として、いきなりDについての論述を始める方がいます。これは、答案の筋や最終的な論点がはっきりと見えているばかりに、ABCを書く意義がないと思ってしまうのだろうと思います。しかし、そうではありません。論文問題では、上の例でいうとABCに配点の70%~80%、Dに30%~20%がふられているというような場合がほとんどです。その結果、ABCはそれなりに書いているがDに気付いていないような人が55%くらいの得点率であるのに対して、ABCサラッと流してDをたくさん書いた人は35%くらいしかとれないという現象が起こります。

このとき、できるのに落ちてしまう人はどう考えるでしょうか?ABCを書かなかったから点数が悪いと思うでしょうか?違います。「ABCは誰でも書けるだろうから、あるいは前提にすぎないからほとんど書く意味のない問題だった。それでもABCは軽く触れたし、なによりDをしっかり書いたつもりだった。それなのに自分の点数が伸びなかったのはDの論述が薄かったのだ」と考えてしまうのです。このような思考に陥ると、日々の学習でも、例でいうDにあたるレベルの知識を追い求めるようになります。しかし、Dレベルの知識はそもそも難しく、正確に理解し記述することが非常に困難であるばかりでなく、当該問題点についてのピンポイントの知識であって汎用性がないため、あらゆる問題に対応しようとすればするほど学習の対象は際限なく広がっていきます。

自分はそうではない、と思われる方も念のためにもう一度自分の答案を想起してみてください。
勉強が進んでくると、知らず知らずのうちに上のような思考になってしまいがちです。

ここで私法関係の問題を想定して例を挙げます。「Aだから、Bとなる。BだからCとなる。でもそうするとXとYどちらを優先してよいかわからない。そこに問題(の所在)が発生する。その問題の結論は条文の○○という文言の解釈によって変わってくる。・・・」というような自分が頭で考えた過程が、答案を読む人に分かるように書いてありますか?(※かっこ内のように書け、という趣旨ではありません。考えた過程が読んでわかるかどうかということです。)極端な例ですが、「本件において、~が認められるか、「〇〇」(条文指摘)の意義と関連して問題となる。」というような、いきなり型の答案になっていませんか?
「ABCは誰でも書けるだろうから」こそ丁寧に書くんです
たとえ、Dの論点を知らなくても、問題の所在さえ示せば点がきます。あとは、関連する条文の趣旨等からなんとかして結論を出せばよいのです。ありえないような論理の飛躍がない限り、一定の点数がつくと思います。

もっとも、なんでもかんでもABCにあたる部分をたくさん書かなきゃだめだ、と固く考える必要はありません。上に挙げた例も抽象的な例でしかありません。イメージを持っていただきたいと思って書いたにすぎません。
ただ、「考えたことをできるだけ丁寧に書こう」という意識を持つだけでも、答案が変わって来ると思います。




今後、来年受験をする方の答案を見る機会がいくつかあると思うので、その中で気がついたことも適宜書いていきたいと思います。


theme : 司法試験・資格試験・語学試験
genre : 学問・文化・芸術

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弁護士(63期)。いわゆる大手渉外法律事務所で働いています。

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