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書き手と読み手

ここ数日は研修所と日弁連の課題をやったり、引っ越しの準備をしたりばたばたしていたので、ブログ更新がなかなかできず滞り気味でした汗

今日は、友人の答案(会社法&民訴)にコメントを付けたものを渡すためにローに行ってきました。おそらくこれで修習前最後の登校になりそうです。ついでに判例六法プロフェッショナルを購入♪大型の六法はいまだかつて使ったことがないので、なんか嬉しいです。水色判例六法の方は去年の紫判例六法と比べて薄くなってますね電球友人いわく開きやすくもなったとか。

答案はナンバリングと見出しがしっかりしていると、同じことを書いていても格段に読みやすくなりますね。小見出しでこれから書く内容の表題を示してやると、読んでいる側にとっては書き手が考えた答案構成が良く理解できて有益です。

自分の思考過程がうまく伝わるように心がけて、書く順番をよく考えて書いてある(と思われる)答案と、そうでない(と思われる)答案では読み手への説得力に大きな差が生じます。その意味で、以前の記事「再現答案をみるとき」で引用した某先生のコメントはその通りであると感じます。読みやすく、かつ、評価される答案とするためには、何を書いたかも(中心的部分を外さないで書くという意味で)一定程度重要ではあるものの、それよりもどのように事案を分析してどのように書いたかという点が重要なのだと思います。

ここから本題に入りますが、答案を書くにあたって、「ここは分かってもらえるだろう」「法律を分かっている人が読むのだから省いていいな」という発想は大変危険です。実際に答案を書いていると,論点にたどり着くまでの道筋を頭の中で処理してしまい、それで納得して論点部分だけを書いてしまいがちです。ひどい場合には、頭の中では正しい思考で論点にたどり着いたものの、そこは問題にならないと切り捨てて無視してしまうこともあります。

※このような状態に陥った書き手がその場で自分の論述を見返してみても、勝手に頭で論理を補って読んでしまうため、よほど注意深くみない限り、自分の文章に論理の飛躍が生じていることに気づけません。

書き手が頭の中で考えた道筋は、書かなければ読み手には分かりません。

読み手をして、おそらくここについては書き手はちゃんと分かって書いていると善意解釈をしてもらえると期待するのは危険です。基本部分が省略され、論理の飛躍が多い答案については、法律答案の基礎が分かっていないのではないか?と誤解されてひどい点をつけられるおそれがあります。

採点者が答案1通当たりにかけられる採点時間はとても短いと考えられますし、採点官が答案を読んでいて疑問に思ったところについて受験生に釈明を求めることもありません。採点者に疑問を持たれて、この人の言っていることはよく分からないと思われればマイナス評価に直結します。司法試験では答案から短時間で読みとられるものだけによって、その受験生の実力が計られます。ですから、答案の理想形として「シンプルで、かつ問いにダイレクトに答え、思考過程が一読了解であるもの」を目指すべきです。最初から最後まで、採点官の赤ペンを止めさせずに、すらすら読ませる答案といってもいいかもしれません。自分としてはできたと思っていたのに客観的評価がいまいちだったとき、「自分はここの論述をこういうつもりで書いたのに、それを無視して低い評価をつけるなんて採点者は全然分かってない。実力不足の採点者にあたって運が悪かった。」という考えをしがちですが、その場合、採点者の力量不足以上に、提出した答案に問題がある可能性の方が大きいです。

いま一度、本当に自分の書いた答案が全くの第三者の読み手が読んでも考えが伝わるものになっているかどうかを検証してみるとよいと思います。具体的な検証方法としては、実際に誰かに自分の答案を声に出して読んでもらったり(自分で読むと勝手に論理を補ってしまう可能性があるため避けます。)、日にちをおいて客観的に見返してみたりする方法が考えられます。

論述の際の意識としては、書き手の意図は自分が思っているほど読み手には伝わらないものだと考えて、はじめは少々くどすぎると感じるくらいで書くとちょうど良いかなと思います。それで何回か練習してみて、実際に誰かに読んでもらって、何をどのように書けば上手く伝わるという感覚を体得することが重要かと思います。

以上のとおり、答案を書くにあたっては、

書き手と読み手のズレ、すなわち、書き手は①考えて、②論述するというプロセスを経るのに対して、読み手は②論述された部分にのみ接するため、書き手が考えた内容は、実際の論述に顕れた範囲でしか伝わらないということを強く意識しておく必要があります。自分の考えたことが読み手にダイレクトに伝わるように論理の飛躍なしに文章化するということは、想像以上に難しいものです。注意して書いていかないと、すぐに頭の中で論理を補って論述を省略してしまいがちです。

今回の記事は、私が合格から現在に至るまでいろいろな方の答案を見せてもらう中で、「この人なら分かっているはずなのに、あるいは書けないはずはないのになぜ書いていないのか。」と思うことが多かったことから、実は書き手と読み手の間にはズレがあるのだということを意識していない(あるいは頭では分かっていても実践できていない)人が多いのではないかと思って書きました。どのようにすれば必要十分な内容を保ったままコンパクトに自分の考えを文章に乗せて伝えられるかという観点から、答案の書き方をとことん追求してみることが必要だと思います。
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theme : 司法試験・資格試験・語学試験
genre : 学問・文化・芸術

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No title

「この試験の性質上,書面から短時間で読みとられるものだけによって,その受験生の実力が計られます」

知識があり、すごく勉強されている方が、ローの試験または司法試験でいまいち伸び悩む理由はここにあるのでしょうか?

そもそも私はまだ本試験を受けたことがなくよく分からないのですが、知識があるのに落ちる、または、現役生のほうが浪人生より勉強時間が足りないにもかかわらず合格率がいいのはなぜでしょうか?
大学受験では勉強量と結果が比例するが、司法試験においてはあてはまらない理由とでもいえばいいのですかね。

これに対するmasoさんの考えを教えてください。

No title

uekiさん

コメントありがとうございます。

下記の記載事項は,すべて私の浅い経験と推測に基づく考えですから,どれほどの意味があるか分かりませんが,ご質問に答えさせていただきます。

知識があって,すごく勉強している人がローの定期試験や司法試験で伸び悩むことがあるとすれば,それはやはり,勝負を決するのが論述試験であることによると思います。

短答の解答への過程は,
①「判例の趣旨に照らして誤っているものはどれか」とか「正しいものには1を,誤っているものには2を」といった,ダイレクトで分かりやすく,誤読を生じる可能性のない問いを読んで,
②選択肢を見た後,頭の中の知識・理解と結び付けて正解を考え,
③マークシートの該当箇所を鉛筆で塗りつぶすことによって,自分の知識・理解を表現する
というものです。
そうすると,①問いの意味を理解したり,③マークシートを塗りつぶす点では差がつきませんから,②の過程における正確な知識を持っているかどうかという点で,他者と差がつくこととなります。
また,肢の中に必ず正解があり,それを読んだ上で正誤判定をすればよい,という点でも後述の論文試験とは異なります。
ちゃんとしたデータを見たことがないので,推測ですが,おそらく短答だけでみると,全体としては,単純にトータルの勉強時間が多い浪人生の方が現役生より合格率がいいのではないかと思います。

これに対して,論文の解答への過程は,
①問題文の事実関係を分析し,形式的な設問を通して何を聞こうとする問題なのか(出題者の意図)を見きわめる,
②内容として何を書くかを決める(知識・理解),
③実際に自分の思考過程が採点者に分かるように,どう書いていくかを決め,順序立った文章として書く
というものです。ここでは,短答では差がつきようがなかった,①問いの理解と③知識理解の表現叙述の巧拙でも大いに差がつきうることになります。
たしかに②の点では,短答と共通するところがありますが,そこは短答通過者ならば誰でも知っているようなことが聞かれることがほとんどであり,知識・理解の正確性という点を除いて,ほとんど差がつきませんから,短答では問題とならなかった①の面と③の面の出来が,評価にもろに影響してくることになるのです。
また,④短答では知らない分からない問いは適当にマークして飛ばすことも可能ですが,論文ではそうはいきません。考えたこともない問いであっても逃げずに解答しなければなりません。

そうすると,たとえ単純な勉強時間が長く勉強量が多くても,①と③の面を意識して鍛えることをおろそかにしたり,④考えたことのない問題にどう対処するかといった視点をおろそかにしたりして,②の面の強化だけに力を注ぎこんでいる方は,結果が伸び悩むことになると思います。
したがって,知識を直接聞かれれば,ちゃんと答えられる方であっても,「そもそもその問いが,当該知識・理解を聞いているのだということに気付けるようにする」,「文章として表現できるようにする」という点については,別途力を注いで勉強することが必要だと思います。

このように考えると,浪人生の勉強時間が現役生よりも多いということだけをもってしては,論文試験で優位と直ちにはいえないことになります。

 その上で,浪人生の方が現役生よりも論文を含めた最終合格率が低い原因としては,(1)すでに同期の合格者の層が抜けており,試験合格へ向けた方向性として正しい勉強をしていると思われる他人の方法を見たり,聞いたりしづらい,(2)学校という環境から離れることで,ゼミを組んだり,仲間と話す機会を持ちづらく,自分としてはここがダメだったと思っているところと,他人から見てこの人はここが足りないために結果がついてこないのだと見えるところが異なることについて知る機会に乏しいことが挙げられると思います。
 試験合格という観点から自分の勉強方法のどこがまずかったのかを他人に指摘してもらう機会を持つことが難しいということは,よほど改善意識を強く持って自己分析して,対策を練らないと,結局何らの改善もされないまま翌年も受けるということになりかねないのではないかと思います。

 精神的な面でいうと,試験突破に向けて皆が勉強していることを意識する環境を得づらいこと等が影響しているのだと思います。たしかに予備校の講座や模試を受講すれば,多少は意識できるかもしれませんが,やはりローに通う中で同期の全体が試験に向かって勉強している状況を日々肌で感じられる環境とは異なると思われます。さらには,受験から発表までの間のブランク,不合格になってしまったことからくるモチベーション低下等々,諸要因があると思われます。

No title

司法試験においては、メンタルや環境などもろもろの面が影響している。
ということは、1回目が一番有利!!ですね!

いつもいつもお忙しい中丁寧なコメントありがとうございます。
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